ゆらめき誕生ストーリー

なぜ自衛官に?そしてなぜ赤ちゃんに遊びを?
 ~元自衛官が赤ちゃんと本気でかかわろうと決意した経緯をご紹介~

自衛官になるのは「必須」の家系!?

両親が自衛官、祖父が戦争あがりの筋金入りの自衛官。

こんな家系で育った私は、小学校1年生で東大は知らないけど
防大はしっているという変な小学生になっていました。

どうやら祖父は私を抱っこしながら
「防大はいいぞ~。日本で1番の学校だ。」
と繰り返しささやいていたらしく、
その洗脳のかいあって、少女裕美は小学校2年生にして
防衛大入学を決意したのでした。

もちろん祖父は防衛大がどんなところかも教えてくれました。

航空祭や駐屯地の記念行事があると聞けば私を連れて行き、
イメージアップ教育を緻密に行ったわけです。

父も母も自衛官でしたが、「自分の夢は自分で決めなさい」というスタンスで
口うるさく何か言われたという思いではありません。

私が世界平和を達成してやる!

「自衛官になって世界を平和にする」

自衛隊は平和を達成するためにあるものだと確信していた私は、
それを達成するという壮大な夢を抱きました。

しかも御年8歳(笑)

世界がどんなものか、
平和ってなんだかわかってないお年頃で抱いた夢に向かって
ひた走る青春時代の幕開け(ちょっとはやい!?)でした。

「どんなに勉強ができても体力のないやつは使いものにならん」
という父の教育方針で、文武両道が当たり前。

「積極的にグループのリーダーを経験しなさい」
という母の教えで
なかなかたくましい少女として成長し
第1志望だった防衛大学校に無事入学。

ここからが真剣勝負と
身を引き締めたのを覚えています。

 

身体の異変

防衛大も2年目の春を迎え、生活にも慣れやっと余裕ができたころ。
身体を動かすたびに下腹部にひきつるような痛みを感じ始めました。

最初は何かの間違えかなぁ程度にしか思っていましたが、
その痛みは日を追うごとにひどくなり・・・。
最終的には動けばうずくまるほどの痛さに。
さすがに身体を動かしてばかりの学生生活に支障をきたし、受診。

「卵巣に腫瘍があります。急いで手術を。」
との医師の言葉に、誰もいない屋上で泣いたのを覚えています。

 「手術すれば治るのか。
 それならさっさと手術して元のように元気な体に戻ろう。」

病気の原因も、
その病気が私に送るメッセージにも気づかず
医師の勧めるままに入院し手術。
2週間で復帰しました。

きっとここで気が付いていたらよかったのに・・・。

<病気は医者に治してもらうもの>
そう信じて疑わなかった私は、数年後また同じ過ちを繰り返すのでした。

5年の月日が流れ、結婚目前の25歳。
ずっと忘れていた<痛み>を感じてしまったのでした。

再発。

さすがに「なんで・・・」の言葉が
ため息とともにこぼれました。

「体質なので何度でもくりかえしますよ。」
そう軽々と言ってのっけた医師に憤りを感じつつ、
このままでは女としての機能を失う恐怖にさいなまれていました。

「何度も繰り返す体質なら、体質を変えればいいんだ。」

勧められた入院と手術を断り、どうしたらいいのか考えました。
そう、再発こそ、私の「再出発」でした。

その時、ちょうどいいタイミングで登場してくれたのが
<亀先生>!!
私を食養の扉の前に連れて行ってくれたおじいちゃんです。
年齢不詳、白いひげ。頭はツルツルで見るからに亀仙人(笑)

「人の身体はなぁ、食べたものでしかできんのよ。
 お前さん、本気で生きる気はあるか?」

「はい」

この日から、亀先生との二人三脚、
夫を巻き込んでの3人4脚の生活が始まったのでした。

奇跡の自然妊娠

食事を変えたことで当初は
排毒(今まで身体にたまった余計なものを出そうとする反応)と
それに伴う体重減少で一時は10kg近く痩せてしまいました。
生理もなくなり・・・

「本当に大丈夫かな。もうやめたほうがいいのでは。」
と何度も思いました。

でも、ここまで来たらやるしかない。
その思いが私を前に進めてくれたのです。

自衛官として勤務しつつ、
食事で体を元気にするのは並大抵のことではありません。

もちろんそれには周囲の理解と協力が必須です。
幸い私のいた部隊は私の意思を尊重し、
できる限りの協力をしてくれたのでした。

自衛官として勤務しつつ、食事を変え、
生活を一変させてから5回目の春がやってきました。

体調も落ち着き、
趣味のトライアスロンを再開していた私は
その年の夏にトライアスロンのロング
(鉄人レースといわれスイム4キロ、バイク180キロ、
 フルマラソンを連続して行う競技)に出場すべく、
早春から150キロのロードレースフルマラソンに出場していました。

そんなとき、私のお腹に小さな命が宿りました。

私の身体、ここまで元気になったんだ。
赤ちゃん、来てくれてありがとうね。
という気持ちでこころが張り裂けそうでした。

この子が笑顔で暮らせる世界とは?

「世界平和」という大きすぎる夢を掲げ邁進してきたけれど、
子供が生まれ思うことは
「世界平和」って国境を守り闘うことでもなく、
外国と友好関係を結ぶことでもなく、
「目の前のことを大切にすること」だって思うようになったんです。

目の前のこと=家族・子供。

でも・・・
もっともっと目の前にいるのは「私自身」。
私自身を置き去りにして家族や娘の幸せはあり得ないんです。

やっぱり、ママがこころも身体も元気でなくちゃ。
まずは「私」を満たしていくこと。

それが「世界平和」への第1歩なんだなって。
いまはそう思ってます。

私をとことん満たしていくと、
そのあふれ出た幸せを
誰かにおすそ分けしたくなっちゃうんです。

たくさんいただいた新鮮な果物は
おいしいうちに誰かに喜んでもらいながら食べてほしい!
なんかそんな感覚。(わかりにくいか~?)

とにかく!!

私からあふれ出たハッピーエネルギーを
どうしようかなとおもったとき、
「この子が笑顔で暮らせる世界ってどんな世界だろう?」
「この子の輝きを思いっきり発揮できる世の中ってどんなものかな?」
って考えだしたわけなんです。

あふれだしたハッピーエネルギーを使ってね。

「世界平和」とか
仰々しい言葉で語られるものではなく、

「ああ、しあわせ」

「生まれてきてよかったな」

「毎日楽しいな」

という、本当に本当にシンプルな感覚。

 

それってやっぱり
ママがハッピーであることなんですよね。

なにか制度を整えることでもなく、
何か施設を作ることでもない。

1日の大半をご一緒するママがハッピーであれば赤ちゃんもハッピー
そして、ママのハッピーは
ちょっとの「知識」と「工夫」で、
今日から、今からスタートできる
のです。

私が娘と紡いできた日々の経験をもとにした、
ちょっとの「知識」と「工夫」をお伝えしていくことで、
1人でもハッピーなママとハッピーな赤ちゃんがふえたら、
とっても嬉しいなって思ったんです。

ゆりかごを揺らす手が世界を変える

聖徳太子も、徳川家康も、夏目漱石も、
みんなお母さんから生まれてゆりかごを揺らしてもらって
大きくなったんですよね。
歴史上の偉人より、
じつはその人を育てたお母さんが世界を変えてきたのではないかなと思うのです。

子育ては本当にクリエイティブ。
どんな仕事にも勝る素晴らしい仕事です。

でも・・・。
現代社会のシステムに慣れすぎてしまった方には
正直しんどいところがあると思うのです。
私がそうだったのでとてもよくわかる。

昇任なし。

評価なし。

休日なし。

3Kどころの話ではないですよ(笑)

夜泣きなんかされた暁には、もう勘弁してくれ状態です。
それに加え核家族。
パパは深夜、もしくは休日にしか帰宅しないという家庭も多いでしょう。

私自身、生まれたばかりの娘を抱えて、
「かわいいんだけど・・・
仕事のほうが楽だな~」と思っていたんです。

夫は勤務が忙しく休日にしか帰宅せず。
休日出勤もたくさんありました。

「今日は1日だれとも会話しなかったな」
なんてこともしばしば。

そうなると、育児ってまるで修行のように感じてしまうんです。
もう耐えるだけの修行。

「この子が大きくなれば・・・私は自由になれる」
そうおもいながら毎日すごす。
こんな毎日はつらいですよね、ママも赤ちゃんも。

もったいないです。子育てって修行じゃないですもん(笑)!!
目の前の赤ちゃんと一緒に世界を広げていける
子育てって本当に素敵なことなんです。

そう思えるようになったのは何度か訪れた転機と出会い。
その経験が誰かのお役に立てるのではと思い、「ゆらめき」を設立することを決意したのです。

講座には私の<経験>とそこから得てきた<知識>
知識を実生活で活用するための<工夫>をちりばめました。

育児のあれこれを分かち合えるようにコミュニティを作りました。
仲間がいるとなんでも楽しいですもん!

ゆりかごを揺らす手は世界を変えます。

ゆりかごを揺らす手は幸せいっぱいですか?

ちょっと苦しいな。の人も
もっとしりたいな。の人も

一緒にゆらゆらゆらめきながら、きらきら輝いてみませんか?

つけたし

自然な妊娠、自然な出産を望んだ私でしたが出産は緊急帝王切開でした。
あれよあれよというまに、救急車に乗せられ大きな病院へ。
そのまま手術室でした。
下半身麻酔のはずが、意識朦朧で、娘との初対面はほとんど覚えてません。

出産後は傷の痛みと、
「早期の母子分離はよくない」
「帝王切開はきずなを弱める」
というような意見に苦しみました。
「私はダメな母親なのかな?」そう涙を流したこともありました。

でも、それを救ってくれたのは娘であり、友人であり、やはり誰かの言葉と笑顔
いまでは人の数だけ出産のカタチ、育児のカタチがあっていいんだって思ってます。

もし、同じ悩みを抱えている人がいたらひとこと。
大丈夫です。いまのままであなたは立派でステキなママですよ。

実は娘の出産後に、子宮外妊娠で手術、
その後流産も経験しました。

みんなからは「大変だね」っていわれます。
もちろん身体は大変でしたが、
その経験の中でたくさんの学びがありました。

それにくわえ、女性としての感覚は
どんどん研ぎ澄まされていくなと感じている
今日この頃です。

だから毎日が楽しい。
女に生まれてよかったなって思うんです。

もちろん赤ちゃんとご対面できなかったことは
もちろん寂しいですよ。

でも・・・
娘と月光浴したり、
自然の中で遊んだりすると
身体の芯から元気が湧いてくる。

お月さまのリズムで生活できるようになると、
海に抱かれているような感覚になりますし(子宮の中ってこんな感じなのかなとおもったり)、
季節の恵みをいただく食卓では人間も自然の一部なんだな~と感じます。

生理のごとに体とお話しして、時には反省して(笑)
そうやって身体の声なき声を聴いていくことって
なんだかステキ!!って思うわけなのです。

偉そうに講座を主催させていただいてますが、
私の人生山あり谷あり。失敗談は数知れず(笑)
とてもとても優等生ではないのです。

そして私自身がこの講座に参加することで
赤ちゃんまた来てくれないかな~と
期待している1人でもあるんです。エヘヘ・・・。