essay エッセイ

<必死に生きる>って、どういうことだろう?

お元氣さまです。

自分の力で家族の健康も人生も守っていきたい!
と思っている方に
その具体的な方法をお伝えしております、
現代の仙人(笑)梶田裕深です。

今日は、日々の生き方について
感じていることを書いてみようと思います。

1月の中旬に、親族が亡くなりました。

突然のことだったので、
ただただびっくりして、
同時に胸の奥から寂しさが
込み上げてきました。

小さい頃から
たくさん可愛がってもらっていた方でした。

私たち人間は、
いつか必ず死を迎えます。

そのときに
「ああ、あれをやっておけばよかったな」
「本当は、こう生きたかったな」

そんな後悔や心残りは、
できるだけしたくないなと思いました。

じゃあ、そのために
今の私にできることって何だろう?

そんな問いが
自然と浮かんできたんです。

一生懸命に生きること。

ご先祖さまに
胸を張って見せられる生き方をすること。

お天道さまに
顔向けできないようなことはしないこと・・・。

私たちのおじいちゃん、
おばあちゃん世代は、
こういうことを
日常の中でごく自然に
口にしていたように思います。

生きることと死ぬことが、
ちゃんと地続きだった時代。

でも、私たちの親世代、
そして今の社会はどうでしょうか。

日常生活と
「人が死ぬ」ということが、
どこかで切り離されてしまっているような気がします。

「いかに生きるか」

この問いについては、
古今東西、たくさんの人が考えてきました。

哲学や宗教は、
まさにその問いを
探究してきた学問ですね。

いろいろな考え方があると思いますが、
私は最近
<必死に生きる>
という言葉が、
1番しっくりくるような気がしてます。

それは、

あくせく働くことでもなく、
稼ぐことに必死になることでもなく、
子育てを完璧にやろうとすることでもありません。

漢字が示すように
<必ず死ぬ>という事実を、
ちゃんと肚の底に落として生きること。

それが
<必死に生きる>
ということなのではないかな、
と感じています。

そうすると自然と、
こんな問いが生まれてきます。

「じゃあ私は、どう生きる?」

その問いに日々向き合って、
その都度、自分なりの答えを出していく。

そんな生き方自体が
必死に生きるということなのかもしれません。

「いかに生きるか」の解答は
学校では教えてくれませんし、
親や先生が答えをくれるものでもありません。

人生を通してひとりひとりが
探し続けていくことなんだと思います。
長い旅路ですね。

そんな探求の旅を
私も日々続けています。

さて、
今日という唯一無二の1日を、
どんな風に生きましょうか?

それでは今日も
人生最高の1日を☆彡

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