essay エッセイ

私には才能がないと思っていた(前編)

お元氣さまです。

情報に振り回されず、正解探しを手放し
身体感覚を軸に生きる視点をお届けしています
現代の仙人(笑)梶田裕深です。

今日は
「私には才能がないと思っていた」
というタイトルで前編&後編を
お届けしようと思います。
今日はその前編です。

私は5人兄弟の長女です。

下に弟がひとり。
その下に妹が3人います。

弟と4番目の妹は
ずば抜けてスポーツができました。

3番目の妹は芸術的センスにあふれ、
幼少期から絵画コンクールを総なめ。

1番下の妹は
とても華やかで魅力的。

小学生のころ、
妹たちは地元テレビや
全国紙の取材を受けていました。

そのたびに私は聞かれました。

「優秀な妹さんを持って
お姉さん、どんな気持ちですか?」
って。

その質問をされるたびに、
小さな私は思っていました。

「ああ、私は優秀じゃない。
ダメなお姉ちゃんなんだな」と。

悔しさもある。
でも、尊敬もある。

そして、
私はどこかで決めつけていました。
“私には才能がない”って。

走るのは大好きで速かった。
でも・・・
学校では1番になれても
那須郡の大会や県大会では1位にはなれなかった。

部活ではキャプテンを任され、
インターハイにも出場しました。
でも、勝てなかった。

そのことが、
心のどこかにずっと引っかかっていました。

勉強も、学年トップでした。
でも、勉強なんてみんなやってるから
特別な才能ではないと思ってた。

絵も書道も好き。
でも最高賞は取れなかった。

だから表彰状ももらってきたけど
妹たちに比べたら地味なもんだと思っていた。

それなりに結果も出してきた。
それでも、
なぜか胸は晴れなかったんです。

妹たちのような
「ひと目でわかる天才感」
が私には全くなかったんです。

私はいつも努力の人でした。

運動神経抜群の弟や妹は、
どんな競技でも1回見たら
その通りにできてしまう。

私はできるようになるまで
1000回、2000回とやる。

フォームが身体に落ちるまで、
ひたすら反復。

正直、もどかしかったし
悔しかったんです。

自分は鈍臭いって、
何度も思いました。
事実、弟には今でもそういわれます。笑

でもね。

続けた人にしか見えない景色がある。
これは、何度も体験してきたことです。

天才がひょいと越える山を、
私は地図を書きながら登る。
迷いながら。
立ち止まりながら。
それでも、登る。

もう進めない、ここまでか
って時にいつも誰かが助けてくれて、
私はまた一歩進むことができました。

だから今は思うのです。

私は才能がなかったのではなく、
才能の定義を
間違えていただけだったのかもしれないって。

〇〇ができる。

〇〇がすごい。

〇〇で表彰される。

こういった分かりやすい才能もあれば
そうじゃない才能もある。

もしかしたら、
地味でも、目立たなくても
続けられることそのものが、
才能なのかもしれません。

これは大人になってから聞いた話ですが
小さいころ母に言っていた言葉があるそうです。

「私には才能はないけれないけど、  
 努力はできる。」

「みんなが諦めても、  
 私は最後までやり抜く自信がある。」 と。

なんだ、幼少期の私、
自分の才能わかってるじゃん。笑
って思いつつ・・・

ちょっと長くなりそうなので
今日はこの辺にしておきます。

明日は後編として
「身体」と「才能」の関係を交えながら
続きのお話をしますね。

それでは今日も
人生最高の1日を☆彡

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