essay エッセイ

食欲にまつわる<欲>の話

お元氣さまです。

自分の力で家族の健康も人生も守っていきたい!
と思っている方に
その具体的な方法をお伝えしております、
現代の仙人(笑)梶田裕深です。

最近、食欲て本当にお腹の問題なのかな?
って思うことがあって。

今日は 「食欲にまつわる欲の話」を
書いてみたいと思います。

うまく書けるかなと
ちょっと心配もあるんだけれど、
今日は今、正直に感じていることを
そのまま書いてみます。

3週間くらい前、あることがきっかけで
「あるもの」をやめました。

まだ自分の中で検証中なので、
具体的に何をやめたのかは
ここではあえてお伝えしませんね。

ただ、日々の生活を少し変えたことで、
不思議と1日1食でも満足できるような
生活になってきました。

私は20歳のときに
「茶の子のおじいちゃん」と出会い
食養生という世界を知りました。

それ以来、断食の経験は結構あります。

21日間の半断食
(水だけではなく、少しお粥などを口にしながら、
ほとんど食べない状態)
そんな経験もしてきました。

断食道場で3日~5日の断食もすれば
家庭でサクッと1日や2日の断食もしています。

だからこそ、今回の食欲の変化は
今までと少し質が違うなと感じました。

もともと身体が丈夫だったこともあって、
「食べないこと」自体には
それほど不安はありません。

むしろ食べないほうが純度が高まるような
すっきりした感覚になります。

断食中は 「ああ、お腹空いたなぁ」と
感じることはもちろんあります。

でも、今回、あるものをやめてからは、
空腹が心地よく感じられ
わじわじするような嫌な渇望感は
ずいぶん抑えられていると感じています。

ところがある日、
本当に強い空腹を感じた日がありました。

「あれ?今日は珍しいな」と
思って振り返ってみると、
実はその日気持ちの面で
かな~り満たされない出来事があったんです。

食欲って、
ただ「お腹が空いた」だけの時と、
「お腹が空いたけど、この空腹気持ちいいな」
って感じる時とありませんか?

私は最近、
「何か食べたい」
「早く満たしたい」
とワジワジするような渇望感が強すぎる食欲は、
本当の食欲じゃないのでは?
と思っていて、
満たされないことがあったその日の食欲は
まさに渇望感の食欲でした。

満たされない心を、
手っ取り早く食べ物で埋めようとしているだけ。

私たちの祖先はとても長い間、
飢餓とともに生きてきました。

本来、人の体は空腹にそんなに弱くないはずです。

それなのに、
あれもこれも食べたい、
我慢できない、
という衝動が強すぎるとしたら、
それはちょっと不自然なのかもしれません。

忙しい日、気を張っている日、
誰にも頼れない日
思うように予定が進まない時
心のざわざわとともに
食欲の波が押し寄せた経験ありませんか?

心が満たされないときほど、
「お腹空いた」
「何か食べたい」
という欲が強くなる。

だから食欲って
ただお腹の問題じゃなくて、
満たされているかの気持ちの問題。

やりたいことがやれているか?
という行動の問題。

安心感をもって日々過ごせているか?
という安心の問題。

日々の暮らしの中で
誰かを思いやり、思いやられているか?
という愛情の問題。

そういうものの 代替行動として
現れていることが
多いんじゃないかなと感じたんです。

食欲は根源的な生理的欲求のひとつ。

でも、
抑え込むとか我慢するとか
そういう話ではなくて・・・。

食欲に行く「その手前」
心がどうなっているか?

満たされているか。
飢餓感を感じていないか。
心が乱れていないか。
愛情や安心感で満ちているか。
エネルギーがちゃんと巡っているか。

そこを見ることが、
必要以上に食欲に振り回されない
1番のポイントだと思うのです。

その満たされた状態を
「食べ物以外」でどう作るか。

今の私にとっては、
それがひとつのチャレンジです。

私の場合は毎日の気功や瞑想、
自然の中で体を動かすこと。
そういったことが、
心とエネルギーを満たしてくれています。

我慢できないくらいの食欲。
それって本当に「本物の食欲」なんだろうか?

そんな風に最近は
自分の心に問いかけるようにしています。

一呼吸おいてみると
お腹の問題の奥にある
本当の問題が見えてくるような・・・
そんな気がしています。

それでは今日も
人生最高の1日を☆彡

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