お元氣さまです。
情報に振り回されず、正解探しを手放し
身体感覚を軸に生きる視点をお届けしています
現代の仙人、梶田裕深です。
娘のゆきは中学1年生。
今日から定期テスト期間が始まりました。
3日間テストが続きます。
そんな定期テストの前夜、
こんなことがありました。
夕ご飯の前に
「明日の3教科100点だね」と声をかけた私。
「うん、100点は無理だけど、
90点以上は余裕で取れる」
とさらっと言ったんです。
私はこの言葉がひっかかりました。
90点が悪いんじゃない。
でも、なぜ100点を目指さないのか?
なぜ完璧を目指さないのか?
その甘さに彼女の生き方が
にじみ出ているように感じたんです。
もちろん、
テストで90点以上取るためには、
ある程度勉強も頑張らないといけない。
だけど、私はテストの勉強ではなくて、
生き方としての姿勢を指摘しました。
点数の話じゃないよ。
あなたが
どこを目指す人なのかの話だよって。
学校にいる間は、
良くも悪くも点数がつきます。
90点以上取れれば、
クラスの上位には入れるでしょう。
だけど、学校が終わったその先、
自分が目指すところの100点を
追求するという姿勢は、
(これは社会や他人ではなく・・・
自分自身の評価という意味)
それがあるのか、ないのかによって、
成果は大きく変わってくるからです。
まあ、そこそこできればいいかな、
という人は、
やっぱりそこそこの人生になってしまう。
それはそれで楽です。
本気でチャレンジしないから
失敗もしない。
だから傷つかないよね。
いやいや、まだいける。
もうちょっと追求しよう。
もう少し向き合ってみよう。
そうやって、
一生懸命、課題や目標に取り組んだ人は、
やはり伸び幅が違うでしょう。
私は人生でどちらの人も見てきました。
昨晩、夕ご飯の前に彼女は私に指摘され、
ふてくされてはいたんですが……
それでも何かスイッチが入ったようでした。
夕ご飯も食べずに
(本当に何も食べなかった!)
ひたすら勉強して、
今朝もいつもより早く起きて、
最後の追い込みを頑張っていました。
適当にやった90点、
一生懸命取り組んだ90点、
同じ90点でも意味は全然違う。
なんなら適当な100点より
本気の0点の方にこそ意味がある。
それくらい本気って大切。
今回は勉強を例にお話しましたが、
勉強がどうこうではなくて、
その勉強や様々な課題を通じて
<生き方>を作っていくのが
親と一緒に過ごすこの期間。
本当に育てたいのは
テストの点数ではなく、
逃げない姿勢。
自分に甘くしない心。
勉強だけでなく、
課題に対し本気になれなかったり、
ちょっとかっこつけて
ずれてみたり(中学生あるよね。笑)、
上手くできるからって手を抜いたり……
そういうところを
母親である私はそれ違うよって
声がけをしていく役割が
あるように思っています。
何度も言いますが・・・笑
勉強できる、できないの話じゃないんです。
その奥にある課題や物事に対する取り組み方、
その考え方は、学校が終わった後も
ずっとずっとその子の中に残るでしょう。
「中学生になったら、
宿題や勉強はその子に任せます」
という生き方もあるかもしれません。
でも私は娘をいつも本気にさせる
起爆剤(ならぬ起爆人!?)で
ありたいと思っています。
だから、厳しいことも言います。
言いにくいこともあえて言います。
本気でやってみなよ。
たとえ失敗しても気分いいから。
本当に心の底からスカッとするから!
もしも落ち込んだら……
私が受け止めてあげるから大丈夫。
安心して本気でチャレンジしてきな。
でもね、本気でやらなかったら
そこには後悔しかないんだよ。
それはどうにもならない。
怖いのはわかる。
しかも……たかが学校のテストなんだけどね。
でもその積み重ねが
あなたという存在の<在り方>を
創るんだから。
そうやって今朝は送り出しました。
1日目のテストを終わって帰ってきた娘は、
すごく晴れ晴れした顔になっていました。
昨晩、私が言わなかったらどうだったかね、
なんてつついてみましたが……笑
本人の頑張りは本当に素晴らしい。
そして、影で支える母の一言も
素晴らしい力を持っている。
ああ、母は偉大なり!!
そしてね
私自身もチャレンジャーであり続ける
って改めて決意しました。
それでは今日も
人生最高の1日を☆彡
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