お元氣さまです。
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現代の仙人、梶田裕深です。
最近、中学2年生のゆきが
仏教思想に興味を持ち出しました。
もともと古典が大好きで、
ありとあらゆる古典を読み漁っていた彼女。
最近は私の本棚から、
仏教思想や宗教、
思想に関する本を取り出しては、
パラパラとめくっています。
そんな姿を見ていると、
なんだか不思議な気持ちになります。
というのも、私自身も中学2年生、
14歳のときに出会った一冊の本がきっかけで、
チベット仏教に興味を持ったからです。
瞑想もこの時期に始めました。
そのきっかけになった本が谷甲州さんの
『天を越える旅人』という小説でした。
その物語には、
瞑想する場面や仏教的な考え方が、
あちこちに散りばめられていました。
そして何より、チベットの雄大な自然。
その中で繰り広げられる世界に、
私はすっかり心を奪われました。
私の場合は
いきなり宗教の本を
読んだわけではありません。
一冊の小説との出会いから、
「なんだろう、この世界は?」
という興味が生まれて。
そこから少しずつ、少しずつ、
宗教や思想の本を読むようになっていった。
振り返ってみると、
それが私の東洋的な考え方との
最初の出会いでした。
だから、ゆきが今、
私の本棚からそういう本を
こそこそ取り出しているのを見ると、
なんとも嬉しい気持ちになります。
先週は二人で、
青森市まで1時間以上かけて
大きな本屋さんに本を買いに行きました。
本屋さんで、
「あれもいいね」
「これは読めそう」
「こっちはちょっと難しいかな」
なんて言いながら、
いろいろな本をめくって。
結局、5、6冊買って帰ってきました。
今週は、その本を二人で共有しながら
読み始めています。
自分が好きだった世界に、
娘も興味を持ってくれる。
親としては、
これほど嬉しいことはないなぁと思います。
さて。
ここからは、少し私個人の考えです。
私は、日本人は宗教や思想を
少し遠ざけすぎているように感じています。
学校で宗教について学ぶ機会は、
ほとんどありません。
親が子どもに宗教や思想について話すことも、
あまりないでしょう。
もちろん、
何を信じるかは1人ひとり自由です。
特定の宗教を信じることを
勧めたいわけでもありません。
ただ、仏教に限らず、
宗教や思想についてある程度知っておくことは、
大切なことだと思っています。
なぜなら、
宗教や思想というものの根っこには、
「人はいかに生きるのか」
という問いがあるからです。
人間に生まれた以上、
「私はどう生きたいのか」
ということを、
どこかで考え続ける必要が
あるのではないでしょうか。
そして、
そういう根源的な問いを考えるためのきっかけを、
長い歴史の中で与えてきたものの1つが、
宗教や思想なのだと思います。
今は、多様性が認められ、
「あなたの好きなように生きていい」
という時代になってきました。
これは、とても自由なこと
・・・のように思えます。
でも、その自由は、
自分の中に軸がない人にとっては、
かえって不自由なのかもしれません。
何を選んでもいい。
どこへ行ってもいい。
誰と付き合ってもいい。
そんなふうに選択肢が増えれば増えるほど、
「私はどうしたいんだろう?」
という自分自身の軸が必要になってきます。
なんとなく地に足がつかない。
なんとなく周りに流されてしまう。
なんとなく虚しさを感じる。
そんなときこそ、
「私は、どう生きたいんだろう?」
という、本当に根源的なところに
目を向ける時間が必要なのだと思います。
すぐに答えが出なくてもいい。
14歳の私だって、
答えなんてわかりませんでした。
その問いを持ったまま歩いてきたからこそ、
今の私がいるのだと思います。
人生には、必要なときに
必要な本が現れたり、
必要な人に出会ったり、
必要な出来事が起こったりします。
だから、答えを急がなくてもいい。
「私はどう生きたいのかな」
そんな問いを、自分の中にそっと置いておく。
それだけで人生の見え方は
少しずつ変わっていくのかもしれません。
そして今、ゆきが14歳の私と同じように、
「これはなんだろう?」と本をめくっている。
その姿を見ながら、
人生を歩いていく中で
こういう「問い」との出会いがあることは、
素晴らしいことであり、
その時間は宝物だなと感じています。
それでは今日も
人生最高の1日を☆彡
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