essay エッセイ

手を伸ばさなきゃ、つかめないよ

お元氣さまです。

情報に振り回されず、正解探しを手放し
身体感覚を軸に生きる視点をお届けしています
現代の仙人、梶田裕深です。

昨日はゆきと二人で
岩手県にある盛岡八幡宮の
神事流鏑馬を見に行ってきました。

盛岡八幡宮の神事流鏑馬は、
毎年9月16日と決まっています。
だから、必ずしも
休日になるわけではありません。
(昨日も平日でした。)

それでもゆきが
「どうしても見に行きたい」
というので、
中学校はお休みして
二人で早朝から車を飛ばし、
盛岡へ向かいました。

平日にもかかわらず、
盛岡八幡宮の流鏑馬走路には、
たくさんの人が詰めかけていました。

矢を射る技術はもちろんですが、
神事ならではの作法や所作にも
見どころがたくさんあります。

そして今回も
南部藩46代当主の南部利文様も
ご観覧されていました。

南部流の流鏑馬には、
「介添え」という役があります。

射手が三つの的を射たあと、
その後ろからものすごいスピードで
馬を走らせながら
「よう、射たりや!」
と声をかけ、扇を振る役目です。

つまり、射手と介添えで1組。
3人の射手と介添えが、
それぞれ1組になって神事を行います。

そして、そのときに使われた扇は、
最後に縁起物として
観客に向けて投げられます。

めでたくその扇を手にした人は・・・

「とても運がいい」

「良いことがたくさんある」

と言われているラッキーパーソンなわけです。

当然、みんな欲しいですよね!
扇は数に限りがありますから、
たくさんの人が一斉に手を伸ばします。

私とゆきも「欲しいな~」
と思いながらも・・・

周囲の人にもみくちゃにされ
お目当ての扇からはかなり後方の位置。
残念ながら私たちは
射手と介添えさんが投げた扇は
取ることができませんでした。

ところが!!

最後に、
観覧席からご観覧されていた南部さんが、
扇を3本だけ投げてくださったんです。
(しかも直筆のサイン入り)

そして、
そのうちの1本を手にしたのが・・・
なんと、ゆきでした!!

私は彼女のすぐ隣にいたのですが
「まあ、取れないだろうな」
と思って手すら伸ばしていませんでした。

ところが、ゆきは違った。

「欲しい」と思って手を伸ばした。
すると、その手の中に扇が入ったんです。

もちろん、
<運がよかった>
って見ることもできます。

でもね。

手を伸ばしたから、つかめたんです。

もしゆきが、
「どうせ取れないよ」
と思って手を伸ばさなかったら・・・

そう、
その扇を手にすることは、
絶対になかったでしょう。

これって、扇だけの話じゃないと思うのです。
人生も、きっと同じ。

欲しいものがある。

やってみたいことがある。

こうなりたい、という未来がある。

それなら、
まず手を伸ばしてみる!!

手を伸ばさなければ、何も始まりません。
もちろん、手を伸ばしたからといって、
必ずつかめるわけではありません。

でも、手を伸ばさなければ、
可能性すら生まれない。

大人になると・・・

「もう無理かもしれない」

「今さら遅いよね」

「そんなことを言ったら笑われるかな」

「家族のことを考えたら、私の望みなんて……」

そんなふうに、
自分の望みを後回しにしてしまうことが
女性は特に多くあると思います。

家族を持つと、
「自分よりも家族」
が当たり前になってしまう。

でも私は、
いくつになっても、
自分の望みに正直でいいと思うんです。

あれがしたい。

これをやってみたい。

こんなふうに生きてみたい。

そんな気持ちが
自分の中に生まれたのなら、
「どうせ無理」
と決めつける前に、
まずは手を伸ばしてみる。

その1歩が、
思いもしなかった未来に
つながることがある。

昨日、ゆきがつかんだ扇を見ながら、
そんなことを教えてもらった気がしました。

私もまだまだ・・・

欲しいものには手を伸ばしていこう。

叶えたい望みには、正直でいよう。

いくつになっても遅くない。

今日が人生で1番若い日!!

そんなことを考えながら、
盛岡から十和田まで
車を走らせて帰ってきました。

手を伸ばしたい何か・・・
絶対、あるよね!?笑

それでは今日も
人生最高の1日を☆彡

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